mozi - archives - 遠山純生-

20年代から活躍した女性アニメーション作家ロッテ・ライニガーの、今なお新しい影絵世界。

 影絵遊びの想い出をお持ちだろうか。両手を組み合わせ、壁にその影を映して動物や鳥を模す遊びだ。この影絵遊びは、素朴な楽しみのようでその実人間の奥深くに隠された願望と直結しているように思える。つまり、自分の見たものを写し取り、他の人々と直接共有したいという欲望。17世紀に発明された幻灯機はその欲望の発展形だっただろう。今日映画の原型とみなされる上記の遊びや機械の伝統を、一身に引き受けているように見えるのが、ロッテ・ライニガーのアニメーションだ。影絵で作られたその作品には、原初の人間の素朴な願望を大事に懐で温めているような感覚がある。そこに登場するのは表情を奪われた顔であり、立体的凹凸を奪われた肉体。アメリカ流のキャラクター漫画映画とは対称的に、ここでは顔による区別はなく、主に衣装や身体の線、その動きによって人物の特徴が表現される。『アクメッド王子の冒険』における優美な女性の腕の線、その艶やかな動きと、逞しい膨らみを持つ男性の脚の線、そして例外的に厚かましい目をぎらつかせる妖怪たちの取り合わせの妙。具体的に描かれた彫刻が愛の力で人間になると、途端に影だけになってしまう『ガラテア』では、まさに実像と影像(虚像)が二重に逆転する。大切なものを自らの内に秘めたまま人に見せようとはしない影たちの姿は、観客にもっとわれわれのことを想像せよと訴えているかのようだ。


初出:『美術画報』2006年
 

Top Page
column
studies
rare films
archives
profile
about this site
ARCHIVES TOP に戻る

Copyright(C)2011 mozi by Sumio Toyama All Rights Reserved.