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『レニー・ブルース』をめぐって

●製作背景

 映画『レニー・ブルース』は、監督のボブ・フォッシーにとって、72年の映画『キャバレー』とブロードウェイの舞台『ピピン』の批評的・興行的成功に続く作品だ。71年5月26日にトム・オホーガン演出で初演されたジュリアン・バリーの舞台劇に基づき、脚本もバリーの手になるもの。舞台版ではクリフ・ゴーマンがレニー役を演じた(レニーによく似た風貌のゴーマンは、フォッシーが79年に監督した『オール・ザット・ジャズ』に出演した)。製作のマーヴィン・ワースはレニーの長年にわたる友人だった人物で、68年からその伝記映画製作の実現に努めていた。

 フォッシーは本作の大半をオフ=シーズンのマイアミで撮影している。美術監督のジョエル・シラーと衣装デザイナーのアルバート・ウォルスキーは、さびれかけたホテルを50〜60年代様式に飾った。その後フォッシーはエキストラを慎重に選び、セットを大量の煙で満たし、出演者全員をわずかばかり昂揚させるために飲み物に少量の酒を混ぜた。飲み物を運ぶのは、俳優ではなく本物のウェイターだった。テーブルにグラスを置くやり方をわかっているのは本物だけだという理由からである。

 また、フォッシーは当初レニー役に、舞台版でレニーを演じていたゴーマンを考えていたが、スタジオ側はダスティン・ホフマンを起用しない限り資金提供しようとしなかった。最終的にレニーを演じたホフマン自身、フォッシー本人から、最初はゴーマンを考えていたが、スタジオ側の意向を汲んで自分のところに話を持って来たことを告白されたと回想している。レニーの妻ハニー役には、実際にラスヴェガスのトップレス・ダンサー出身の女優ヴァレリー・ペリン。

 フォッシーはレニーを滑稽な男とは考えていなかった。ホフマンはこう語っている。

 「フォッシーはレニーのユーモアには関心を持っていなかった。でも彼はレニーとハニーのブルース夫妻がもう1人の女と三角関係にあったことを聞いて、興味を覚えた。たぶん、そちらの方にずっと興味を覚えたんだろう」。

 「レニーは混乱した性的アイデンティティの持ち主だったけれど、彼は風変わりでないただ1人のコメディアンだった。彼は決して冗談を言わなかった。みんなが冗談を言っているときにも、何か別のことを考えていた。彼はジャズ・ミュージシャンになりたかった」。

 「僕はレニーがただ正体を失うために麻薬をやっていたとは思わない。そうではなく、四日間ぶっ通しで活動し続けるために麻薬をやったんだと思う。クラブで演じ、新たな題材を書き、新たなアルバムを録音し、ライヴを計画するというとてつもないプレッシャーの下にいたからだ」。
 

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