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世紀末ウィーンに生きたひとりの画家。その生のはかなさを体現するスノウ・グローブの存在。
                             ラウル・ルイス監督『クリムト』(06)

 死の床にある人物。スノウ・グローブ。回想場面によって語られる死にゆく人物の過去。この三つの素材が物語の推進力となっている映画は何だろうか。答えはオースン・ウェルズの『市民ケーン』(41)。冒頭、「薔薇の蕾」の一言と共に瀕死のケーンの手からこぼれ落ちるスノウ・グローブ。この球形のガラス玩具のなかには、水と無数の白い薄片が入っていて、水底に溜まった薄片が上部に来るようガラス玉を動かすと、まるで雪が舞うようにその薄片がガラス玉の内部を満たした水の中で舞い散る仕掛けになっている。ちなみに、ウィーンにスノウ・グローブの最初の工場が設立された一九〇〇年前後は、クリムトが精力的に創作活動に励んだ時期でもある。
 ところで、この玩具は映画『クリムト』にも登場する。しかしガラス玉の中の薄片の運動は、『市民ケーン』におけるように主人公の幼時の雪景色へと繋がることでアナロジーによる場面転換として機能するわけではい。むしろ球体内の飛散運動は、劇中で舞い散る金箔や雪と共に図像的類似の遍在を誇示しているようだ。よってここでは、スノウ・グローブは物語の始動を導く装置ではないのだが、死に瀕した人物の過去が舞い散る細かな薄片に彩られつつ回想されるこの『クリムト』には、『市民ケーン』からの遥かな反響を聴き取れるような気がする。もちろん薄片の飛散は、クリムト独自の装飾的な点描画法ともリンクしているに違いない。掻き立てられた連想の数々が、頭の中で分厚いエコーのように響きあう映画だ。


初出:『美術画報』2006年
 

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