クロノスを制するための破天荒な試み


 
ギリシア神話で、大地の女神ガイアと天空の神ウラノスとの間に生まれた六人のティタン男神の末子の名は、クロノス。近年、映画『タイタンの戦い』(10)に登場したのがこの神だ。同じ名を持つ神がギリシア神話中にもう一人登場する場合があり、こちらのクロノスが時間を司る神。今回は、後者のクロノス神──本誌名にも冠された──が劇中に登場する映画『王国』(金井勝、73)について語ってみたい。


 
というのも、クロノスが登場することからもわかるように、この一見ささやかな独立製作映画が主題とするのは、壮大で掴みどころのない「時間」の存在そのものだからだ。否待て、そもそも「時間」などというものは存在するのか? ……といった哲学的問いはこの際脇に置いておこう。ともかく、映画は「時間」の存在を前提に話を進めてゆく──冒頭、暗闇の中から聞こえてくる、時計の秒針が時を刻む音。溶明した画面に写っているのは目覚まし時計で、時計はジリジリとやかましくベルを鳴り響かせる。針が示しているのは、65959秒。次いで示されるのは、この目覚まし時計で起床した東京郊外にある平凡なサラリーマン一家の朝食風景。

 
映画はその後、予想もつかない方向へと急旋回し続ける。カメラは家を出て通勤電車に乗るべく駅へと向かうサラリーマンたちを追うのだが、駅に到着すると今度は電車から降りてきた別の男を追跡し始める。男は雑誌の編集者で、とある若手詩人の自宅へと急いでいるのである。この詩人・五九勝丸(ごくかつまる)が、以後『王国』の中心人物の役割を引き受けることになる。彼の姓のほか、この映画では数字の「59」が何度も意味ありげに登場する。五九の詩を一時の流行にすぎないと暗に皮肉った編集者は帰りがけに腕時計を確認し、「85959秒か」と呟く。秒針が時計を一回りして次の1分間(1時間)が始まる寸前が、59秒(59分)。先に出てきた早朝の場面と併せ考えるに、『王国』の前半にあっては、時刻は常に5959秒の状態にあるようだ。あたかも、次の1分間、次の1時間に、決して移行できない時間の中に囚われているかのように。

 
そしてその、新たな時間的局面に移れないまま足踏みしている青年が、この五九勝丸なのだ。彼はその後、「極(ごく=59)寺」の境内で財布を掏られることで、奇妙なスリ集団の仲間入りを果たす。集団の頭である中年男は、「ありとあらゆるすべてを搦めとってしまう」もの、すなわち時=クロノスを奪い盗ることを夢見ている。新米スリとして日々電車内で“実習”に励む五九は、ある日ひとりの鳥類学者から鳥類図鑑を掏り取る。ところが実はこの学者も、時を盗もうと目論んでいる人間の一人なのだ。学者は五九に対し、鳥類の進化(爬虫類から始祖鳥へ)と渡り鳥の体内時計についての講義を始め、「ミクロを制した者だけが、マクロを制することができる」と口にする。

 
やがて五九が、59(秒=分)から6000(秒=分)へと進み、自らを更新する時が訪れる。彼は、河原で捕獲した一羽の鴨の胎内へと入ってゆく。そこで胎児のように全裸となった五九が鳥の胎内から再び外の世界へ出て行くと、世界はアシカやイグアナや象亀の生息する島と化している。つまり五九は、ガラパゴス諸島の一つに足を踏み入れているのである。この南米の島々は、ダーウィンが独自の進化論を唱えるきっかけを作った場所の一つだ。近年の流行語「ガラパゴス化」は、ガラパゴスを「外部に適応できない特異な生態系」として捉える否定的ニュアンスが強いけれど、映画『王国』はこれを「この世の時間の流れに抗し、その制約を受けない場所」として肯定的に捉え返す。

 
すでにこのとき、五九の身体は青緑色に変色し、その尾骶骨上には鳥の羽脂腺ができている。つまり彼は、鳥類へと遡行(あるいは進化)しつつあるようなのだ。しかしイグアナの死骸を発見した五九は、さすがのガラパゴスも「時間」の支配を逃れえないことを悟る。

 
歩くうちにいつしか砂丘に出た五九は、砂を掘り起こし始める。中から出てきたのは「KRONOS」と記された幡をまとうクロノス神だ。両手を高々と挙げて勝利に酔いしれる如く哄笑するクロノスのアヌス(それは、鳥のヴァギナ=アヌスに重なる)に手を突っ込んだ五九は、その体内から何か(時間?)を掴み取り、神を殺す。

 
こうして、奇想と仕掛けに満ち満ちたこの小さな映画は、時間の裏をかき、わがものとすることにまんまと成功するのだ。流行り廃りを超越したミクロな映画『王国』は、その内部にマクロな広がりをたたえている。


初出:『CHRONOS FEMME クロノス ファム』3号 2012年7月

  
金井勝監督の個人サイト『映像万華』
               金井監督の全作品を収録したDVD-BOX『金井勝の世界』も同サイトで購入できます。

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