回顧と未練の「重箱」映画

●ウディ・アレンの代表作

 今や映画人として大ヴェテランの域に達したウディ・アレンを知らない映画好きはよもやいるまいと思われるけれども、そんな彼が映画作家としての名声を確立するきっかけとなった作品が、『アニー・ホール』(77)。

 主人公は、アレン自身が演じる中年の漫談家アルヴィ・シンガー。インテリで二度の離婚歴があるニューヨーカーだ。彼は一年前に別れた恋人アニー・ホールの思い出をいまだに引きずって、くよくよ思い悩んでいる。なにしろアルヴィにとって、アニーは前妻二人とはまるで違っていろいろな意味で「ウマの合う」相手だったからだ。

 本作の大枠をなすのは、アルヴィが回顧するアニーとの過去だ。さらに、アルヴィもアニーもしょっちゅう自らの成長期を思い出しては相手に話して聞かせ、己の(そして互いの)人生に注釈を加え分析するから、その大枠のなかに二人が回想する自身の来歴も入り込んでくる。だからこの映画は、二重・三重に「昔日」を内包する一種の入子式重箱的構造を採用しているわけだ。この一見したところシンプルな恋愛映画における時間の扱いは、思いのほか複雑なのである。

 映画はその前半で、テニスのプレイを通じて知り合ったアルヴィとアニーが交際を始め、一時的に同棲し、やがて互いにしっくりこなくなってまた離れて生活するまでを、前述の通り自在に過去と現在を行き来しつつ描いてゆく。

●腕時計の贈り物

 その後二人は一時的によりを戻すのだが、このときアニーへの誕生日プレゼントとして、アルヴィは彼女に腕時計を贈る。するとアニーは、「ずっと欲しかった」と言って大喜び。画面上にアップでとらえられないためはっきりとはわからないものの、この腕時計は茶色の革製バンドがついた、古臭い感じのものだ。『アニー・ホール』が撮影されていた一九七〇年代半ばは、一九六九年に商品化されたクオーツ腕時計がまだ高価だったことを差し引いても、この贈り物を受け取った直後にアニーがゼンマイを手動で巻き上げ始める様子を見れば、年代ものであることは察しがつく。しかもどうやら、男性用腕時計でもあるようなのだ。

 なぜアニーはこの腕時計を欲しがったのだろうか。それはたぶん、公開当時“アニー・ホール・ルック”と呼ばれて大きな話題を呼んだ彼女のいでたちと関係している。サイズの大きな男性用ブレザーをベストの上に羽織り、ブカブカのズボンを穿き、男性用ネクタイを着用してブーツを履くスタイルだ。こうした中性的ファッションに、旧式の男っぽい腕時計は似つかわしい。

 ……もっとも、二人の一時的な幸せは長続きしない。アニーがLAの人気ミュージシャンの誘いに乗って、歌手としてのキャリアを追求するべく西海岸で生活することを決意し、アルヴィに別れ話を持ちかけるからだ。一度はこの申し出を受け入れるアルヴィだが、やはりアニーのことが忘れられず、未練たっぷりに後悔の日々を送る。しかし結局、アニーの方は歌手としての自らの才能に見切りをつけたのか、やがてNYに戻ってきてアルヴィと偶然再会する。とはいえもはや、この二人が元の鞘に収まるのは無理だ。彼らが街角のカフェでたわいないおしゃべりに興じた後、互いに別れを告げるところで映画は幕となる。

 このカフェの場面で、アニーがかつて贈られた古臭い腕時計を着けていることに、時計好きなら気づくかもしれない。相変わらずアップで強調されることもなく、さりげないにも程がある登場の仕方なので、観客の目に留まることはほぼないだろう。けれどもアニーがアルヴィとの思い出を心のどこかで大切に思っていることを──ほとんどわからないかたちではあるのだが(!)──暗示する場面なのだ。

 映画の最後に流れるジャズ・スタンダード『昔みたい(Seems like old times)』は、元恋人たちが過ぎ去った時間を回顧するほろ苦さを観る者に感じさせる。つまり本作においては、この歌が重箱の外箱として機能するわけだ。



初出:『CHRONOS FEMME クロノス ファム』18号 2014年11月
 

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