二度目の回想場面は、同じ日の夕方、レダ殺害をラズロに追求されたリシャールが、彼女を殺したときの状況(正午頃)を思い出すくだりに登場する。リシャールは、以下のように出来事を回想する。彼が自室でレコードを聴いていると、隣室(テレーズの部屋)から父母が言い争う声が聞こえてくる。しばらく隣室の戸口に立って耳を傾けた彼は、エリザベートの部屋を訪れて彼女がいることを確かめた後、レダの家へ行って彼女を殺し、再び家に戻る。テレーズの部屋の中からは母親の泣き声が聞こえ、両親がまだ諍いを続けていることをうかがわせる。このことを確かめた後、リシャールは自室に戻る。
 
 今度の回想場面では、やはり先に「現在進行形」で描かれていた、ラズロがヴラドを引き連れてマルクー家に戻って来る姿を、テレーズが自室の窓から見つけて腹を立てる場面にほぼ対応している。ラズロと共にマルクー家にやって来たヴラドが、レダを殺し終えたリシャールが急いで自宅へ戻る様子を目撃していたことが、映画を終盤まで観た時点で「事後的に」了解されるからである。

 とりわけこの回想場面が興味深いのは、アンリがテレーズの部屋で自らの回想に没入していた時間帯を、その後リシャールがさらに回想する形になっている点だ。つまり、父親が回想に耽っている瞬間そのものが、息子の回想に包み込まれるような形式になっているのである。シャブロルが先の発言で語っていた、本作のフランス語原題“À double tour”(鍵を二度廻す=厳重に戸締りする)が、映画の「物語自体が鍵を二度廻す」というニュアンスを含むとの言葉の真意が、ここでつかめてくるような気がする。鍵を二度廻す行為は劇中いくつかの箇所で描かれる円運動とともに、フラッシュバックもまた二重の円運動をなしているのだと解釈できるからである。

 もう一つ、この回想場面使用に関連して、音楽についても言及しておこう。クラシック音楽を愛聴するリシャールは、自室のレコード・プレイヤーでモーツァルトのセレナード第10番変ロ長調“グラン・パルティータ”の第五楽章「ロマンツェ」を聴く。二番目の回想場面で、リシャールがこの曲を聴いている最中に父母の口論が聞こえてきて、彼はレダ殺害を決意することになる。その後リシャールは自室のレコードを再生させた状態のままレダの家に勝手に入り込み、彼女と話し始める。次いで彼はレダの部屋にあった“グラン・パルティータ” 第五楽章のレコードをかけ、話すうちに興奮して鏡を割ったいきおいでレコードの針は外れてしまう。レダを絞殺したリシャールは急いで自室に戻ると、再び自分の“グラン・パルティータ”のレコードを再生し始める。つまり、マルクー邸とレダの家でレコードから同時に鳴っているこのモーツァルトの曲によって、リシャールの殺人の動機(父母の不和と、母に対する憐れみと嫌悪、レダへの憧れ)とその実行とが通底することになるのである。


注1
René Marchand(Opérateur et monteur), Claude Chabrol Cinéaste et pourtant je tourne…, Éditions Robert Laffont, 1976

注2
A cura di Atefano Francia Di Celle, Enrico Ghezzi, Roberto Turigliatto, l’oeil du malin Claude Chabrol – Scritti e interviste, Museo Nazionale del Cinema, 2006


※本稿は、BD/DVD『二重の鍵』(発売:マーメイドフィルム/販売:紀伊國屋書店、2012年)封入冊子の作品解説より一部抜粋・改訂したもの




Copyright(C)2011 mozi by Sumio Toyama All Rights Reserved.

mozi - archives- 遠山純生-
Top Page
column
studies
rare films
archives
profile
about this site

前ページへ <<

ARCHIVES TOP に戻る