『非・バランス』をめぐって


 原作は魚住直子の九五年度講談社児童文学新人賞受賞作の同名小説。これを映画用台本に脚色したのが『冬の河童』」(94)などで知られる映画監督の風間志織。演出にはビデオ・オリジナル・リリースされた三話オムニバス映画『かわいいひと』(98)第二話の簡潔で堅実な作風により、篇中抜きん出た技量を示した冨樫森が当たっている。

 小学校時代に「いじめ」の被害者となったひとりの少女が、中学入学と同時に友達を作らず「クールに」生きてゆこうと決意するという発端、彼女がある人物との出逢いを通じて自らの弱さを克服し精神的に成長してゆくという基本設定は原作と同じである。だがその他の点では、映画は小説とはまったく異なる。最大の相違は、主人公と個人的親交を結ぶ人物が、同じく心の中に闇を抱えた物静かな若い女性から、溌剌と振る舞う陽気な中年の同性愛者へと変更されている点。劇中では愛称と蔑称のないまぜになった「オカマ」という呼び方が何度かなされるので、ここでもそう呼ばせてもらうことにしよう。そしてこの変更により、物語の展開が原作と映画とでは似て非なるものとなっている。オカマと孤独な女子中学生、という組み合わせには、同性愛者をファンタジー化してひとつの逃げ場にしてしまうやや安易な姿勢や劇的な誇張が感じられるし、実際本作にもそこから来る違和感が最後までつきまとう。

 にも関わらず、映画『非・バランス』はどこか感動的な作品である。
 おそらく、このような矛盾した感情を出来させるところも本作の魅力のひとつなのだろう。作劇上の誇張と足並み揃えた肉体的応答の目覚ましい連鎖・発展。原作にはないジェスチャーと擬音による応酬。それはなんということもない仕種と発声の魅力だ。オカマの菊ちゃん(小日向文世)は、主人公千秋(派谷恵美)を家へ送り届ける途中で、彼女に向けて両手の人差指を突き出し二挺拳銃を撃つ格好で「バンバンバンバン」とやった後、クルクルと銃を回してホルスターに収める仕種を素早くやってみせる。それから、二人が映画を観に行った後、再び菊ちゃんが千秋に向かって「バンバン」と銃を撃つ真似をしてみせる。すると今度はウサギのお面を付けた千秋が甲高い声でウサギの鳴き声を真似て反応する。あるいは、千秋が自殺を図った級友のミズエを車椅子に座らせて病院の屋上へ連れ出す場面。洗濯物を干している(それまで喧嘩ばかりしてきた)母親に向かって、ミズエは「キリキリキリ、プシュン」と弓矢を引き放つ真似をしてみせる。これを受けた母親は、胸を押さえて倒れる振りをした後、見えない矢を手でつかみ取って折り曲げるという仕種をしてみせる。彼らは、口に出して言いにくい言葉や言葉にならない親愛の情を、相手に向けて何かを撃つ(射つ)というおどけた仕種に肩代わりさせるのだ。そしてそれが、ギクシャクしながら伝播してゆくのが本作の魅力のひとつである。

 原作は髪を緑色に染め、緑色の服を着た通称「ミドリノオバサン」なる人物について何度か言及される。「ミドリノオバサン」に触れて願いごとを唱えれば、それが叶うのだと、中学生たちは噂する。映画の方でもこの人物への言及がなされるが、扱い方はまったく違う。そしてここに、映画『非・バランス』独自の、最大の力が発揮される。冒頭で菊ちゃんを「ミドリノオバサン」だと勘違いし、思わず彼に触れて「助けて」と言ってしまった千秋は、菊ちゃんとの親交を深めるにつれて、彼が昔の恋人の借金を肩代わりして払い続けているのだという事実を知る。彼女は事故で入院中のその男を菊ちゃんの前に無理矢理連れてくるが、菊ちゃんは男に突き飛ばされ、頭から緑色のペンキをかぶってしまう。半狂乱になった菊ちゃんは外に駆け出し、神社の境内で頭を洗ってペンキを落とす。彼を追い掛けてきた千秋がひとり帰ろうとすると、菊ちゃんは千秋にすがりついて「独りにしないで」と泣き、自らの弱さを初めて曝け出す。朝まで一緒に過ごした別れ際、菊ちゃんは千秋に向かって、両手で拳銃を構えて「バーン」と撃つ真似をする。

 原作の最後において、主人公は実際に「ミドリノオバサン」を目撃するが、追い掛けることを断念して一人歩いてゆく。一方、映画では「ミドリノオバサン」は冒頭における主人公の錯覚としてしか現れない。逆に、主人公が自ら「ミドリノオバサン」に“なる”部分に、原作とは違う趣向が凝らされている。菊ちゃんからの鍵入り封筒を自宅の郵便受けに見つけた千秋は、彼のアパートへと赴く。誰もいない部屋の壁には緑色のフード付きコートとウサギのお面が掛かっている。まるで緑色ペンキを身体の一部に中途半端にかぶって「ミドリノオバサン」になることに失敗した菊ちゃんが、千秋にその役割を全うすることを伝達したかのように。コートを身に着けた千秋は、鏡に映った自らの虚像に向かって、両手の二本指を立てて二挺拳銃を擬し、菊ちゃんが何度も自分に向かってしてみせた仕種を初めて模倣する。自分自身を鼓舞するように、自身に向かって「バンバンバン」と銃を撃つのだ。そして彼女は、小学校時代に自分をいじめていた学友のユカリとの対決の場である小学校の校庭へと赴く。ユカリの上にのしかかった千秋は、「わたしはともだちだと思っていたのに、どうしていじめた!」と繰り返し叫ぶ。

 小学校卒業以来、夢にまで見て悩まされた、そして無言電話によるユカリへの悪戯の元凶となった「いじめ」の思い出に決着を付けた千秋は、ミズエと共にかつて菊ちゃんとやって来た海辺を訪れる。「キリキリキリ、プシューン」とミズエはかつて母親への親愛の情を示すべくやってみせた弓を射る仕種を千秋に向かってしてみせる。これに対し千秋は、二本指を立て二挺拳銃を擬して「バンバンバン」とそのみえない弓を撃ち落とす。こうして千秋の独白「友だちは作らない。クールに生きていく」で始まった映画『非・バランス』は、心に抱えた傷を克服した二人の少女による「キリキリキリ、プシューン」「バンバンバン」の擬音と仕種の交感で終わりを告げる。


初出:『シナリオ』2001年7月号

 

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