『黒衣の花嫁』にはレオーは出演していないにも関わらず、このどこの誰とも知れない役者、もうどうしようもなくジャン=ピエール・レオーである。しかしなぜまた、ここでレオーなのか。それはまあどうでもいい。美しい女を目にして戸惑い、わけのわからないことを口走ってあせりまくる役に対してレオー風の演技を採用したトリュフォーの気持ちが痛いほどわかる場面だと勝手に思ったのだ。

 立て続けに映画に主演し始めた1966年以後数年間に見られたレオーの動作の最大の魅力、それはひとことで言えば「周囲に対する齟齬と緊張からくる、青臭い青年の唐突で派手な身振り」だったのではないだろうか。しかしこの独特の演技が15歳のときの初主演作にして「ドワネルもの」第一作『大人は判ってくれない』(59)の頃にすでに兆し始めていたのかどうか言い切る自信はない。まだ声変わりもせず、背も伸びきっていない彼が成長後と同じような動作をしていても、やはりそれはその後のものとは別ものに見える。ただ、上目づかいにニヤリと笑う表情などにはその後度々お目にかかることになるのだが……。「ドワネルもの」第二作『二十歳の恋』(62)でのレオーも、初恋の相手に夢中になってなりふり構わぬ行動に出たりするわりにはその表情はどちらかと言えば固く、動作もこれといって印象に残らない。なにしろいちばん記憶に残っているのが、自分をフッた娘の両親と並んで椅子に座っておとなしくテレビを見ている、滑稽でせつない後姿なぐらいだ。では、映画のなかのレオーが目を瞠るぐらいに派手な身振りを披露し始めた最初の作品は何だったのか。

 『出発』(66)だったのだ。スポーツカーに憧れるオッチョコチョイで向こう見ずな青年。走り、飛び、回り、転ぶ。電話中にしきりに片手を振り回しながら、受話器に向かって突っかかるようにして早口でしゃべる。この映画に、以後のレオーの派手な身振り手振りの原型があると言ってもいいぐらいだ。翌1967年に撮られたゴダールの『ウイークエンド』を見てみようか。端役ながら二役を演じているこの映画のなかで、早くも彼は、派手なジェスチャーをしながら電話口に向かって突っかかるようにギィ・ベアールのシャンソンを歌い、垂れてきた前髪をかきあげながら乗用車の周りをせわしなく飛び回って、『出発』で見せた動作をさらに誇張して引き継いでいる。そして翌1968年のトリュフォー作品『夜霧の恋人たち』で、初めてレオーは落ち着きのない派手な身振りと表情を「ドワネルもの」のなかで披露するに至るのだ……あれ、68年? 『黒衣の花嫁』は67年……ではあのホテルの男の動作はいったい何だったのか。レオーの演技を意識したものではなかったと? いやしかし、あの動作はレオー以外のなにものでもない。

 間違っているかもしれないが、以下のように整理できないだろうか。『出発』で初めて意識的に派手な身振りをし始めた(これは間違いない!)レオーを見て、トリュフォーが『黒衣の花嫁』の役者に自己流で同じような演技をつけ、その翌年に撮られたトリュフォー作品『夜霧の恋人たち』で『黒衣の花嫁』の男の演技を今度はレオー自身が模倣しながら自分なりの味つけを施した、と。先に挙げた証言が示す通り、やはり監督に合わせてその色を変えてしまう「カメレオン」俳優なのか。だが、そうとも言い切れないような気もする。それは『出発』製作の前という際どい時期に撮られた『男性・女性』のレオーを見ることでわかるかもしれない。実際ここでは、誇張された演技をし始める直前の、当時21歳の彼のさまざまな立ち居振る舞いが、微妙なニュアンスを伴って描き出されて(記録されて)いるように思えるのだ。

 映画はうつむいたレオーの顔のアップで始まる。カフェのテーブルを前にして、何か書きものをしながらつぶやいている。顔も身体も、ほとんど動いていない。この場面に限らず、『男性・女性』の彼は本を読んだり何か書いたりしてうつむいている姿が多い。もっとも、これはほかのゴダール映画でもよく見られる光景だ。ベルモンドでさえその例に漏れなかったではないか。水を飲んだりマッシュドポテトを食べたりしたときのほか、何でもないときにもしきりと口を拭ったり、煙草をヒョイッと宙に放り投げて口にくわえたり、黒壁を背にうつむいていたかと思うと急に目を上げて右横を向いた後左横を向いたり、といった動作もなんとなくゴダール風。実際、この映画のレオーはどこかしら陰鬱な調子なのだ。それは愛する娘マドレーヌからいつも冷たくあしらわれている青年ポールという彼の役柄のためでもあるのだろうか。友人ロベールとふざけ合って大笑いしたかと思うと急にしんみりして「本当は寂しい」と言い、惚けたように宙空を見つめる場面がある。ダンスホールで踊る仲間たちを尻目にひとり突っ立っていたり、映画を観ながら目を閉じて、瞼をブルブル震わせたりもするのだ。路上で雑誌を万引きしたり、突然大声で歌いだしたり、急に思い出し笑いをしたりといった突発的な行動にも、不安定な危うさが感じられる。
 

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