だが同時に、唐突な表情の変化や突発的な身振りの喜劇性がすでにここで兆し始めているのも感じられるのだ。マドレーヌを引き連れて押し黙ったままカフェのなかをウロウロ歩き回り、衝立の前でピョンと飛び上がって向こう側を覗き、いったん椅子に座るもののここは場所が悪いと言ってほかの席に座り、なお黙りこくっている彼に痺れを切らしたマドレーヌがカフェを出て行くのをやはり黙って追いかけ、彼女がドアを開けたところでいきなり「結婚してくれ!」と叫んであっさり「急いでるからまたね」と言われて置いてきぼりをくったり、遊技場でレコードにマドレーヌへの愛の言葉を吹き込んでいるうちに次第に興奮してきて、最後は叫びながら両手を宙に上げ前後左右に小刻みに動かし、録音が終わりレコードを手にしてちょっと肩をすくめながら口の両端をニュッと下げたり(これは『大人は判ってくれない』の頃からしばしば見せる表情)する。

 しかしなんといってもケッサクなのは、スタジオでレコーディング中のマドレーヌを訪ねる場面だ。調整室に入った彼は、しゃがみ込みながらガラス窓から顔だけ出して録音室の彼女に向かって指を心持ち内側へ曲げた片手をゆっくり振ってみせる。そのせいで録音が中断すると、ヒョイと立ち上がって歌を指揮していた男に向かって一瞬ピョコンと頭を下げ、そのまま録音室へ入ってマイクを前にして歌っているマドレーヌの真ん前に来て立ち止まり、黙ったままジッと彼女を見つめる。これだけでもかなりマズい雰囲気が立ち込めているのだが、さらに録音が終わると、調整室に戻って吹き込んだばかりのレコードを聴いているカトリーヌ(この後レオーが『出発』で共演することになるカトリーヌ=イザベル・デュポール)を押しのけてその隣にいたマドレーヌに寄り添い、彼女の腕のつけ根あたりから自分の左手の甲を当てて、そっと下へすべらせながら掌を返して手を握るという変質者スレスレの挙に出る。しかし、周囲の目を気にしてマドレーヌが手を離すとバツが悪そうにうつむいて、手持ち無沙汰に左手を自分の右腕に添えるのだ。この間彼は一言も口をきかない。なんとも言えないイヤな感じと、滑稽さと、哀しさの入り混じったような場面だ。

 『男性・女性』から──『たのしい知識』(68)を経由して──約20年ぶりに出演したゴダール作品『ゴダールの探偵』(85)の、観ていて笑っていいのかどうかわからなくなる、周囲から浮き上がった狂気まじりの派手な演技を見ていると、彼はこの時点で誰も文句をつけられないほど独自の境地を切り開いているのではないか、と思えてくる。しかし同時にここで、なぜか『男性・女性』の、黙りこくってジェスチャーで意思を伝えようと必死になっている(「ゴダールそっくり」に振る舞う?)彼をいとおしく思い出してしまったりもするのだが……『男性・女性』は、彼の演技に秘められたさまざまな可能性が凝縮され記録されたような一篇だ。レオーの一挙手一投足を注意深く見守り、その後の彼に思いを馳せれば、作品の味わいはさらに増すに違いない。


(注1)(注3)“Getting Beyound The Looking Glass”Jean-Pierre Léaud Talks To Jan Dawson, Sight and Sound, Winter 1973/4
(注2)「フランソワ・トリュフォー 最後のインタヴュー(VIII)/聞き手:山田宏一、蓮實重彦、季刊リュミエール13、筑摩書房、1988年

初出:『男性・女性』劇場再公開時のパンフレット(発行:ザジ フィルムズ、1998年)

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