『退屈な午後』
(イヴァン・パッセル監督、1964年、チェコスロヴァキア)


 チェコの作家ボフミル・フラバル(1914年〜1997年)の名は、一部の映画ファンにイジー・メンツル監督作品『厳重に監視された列車』(66)、『つながれたヒバリ』(69、チェコ初公開は90)、『英国王給仕人に乾杯!』(06)の原作者として知られているかもしれない。メンツルはほかにもフラバルの原作を使った映画を数本監督しているのだが、これらはどれも日本未公開作ということもあり、この場で詳述することはしないでおこう。

 邦訳が刊行されたフラバルの小説は数少なく、筆者が目を通したのは『あまりにも騒がしい孤独』(石川達夫訳、松籟社)、『わたしは英国王に給仕した』(阿部賢一訳、河出書房新社)──もちろん映画『英国王給仕人に乾杯!』の原作──、短編『魔法のフルート』(赤塚若樹訳、岩波書店『世界文学のフロンティア3 夢のかけら』に収録)の三編のみ。いずれも一人称の語りでワンセンテンスが長くて(『わたしは英国王に給仕した』はその限りでないが)改行が少なく、短い挿話の集積のなかで語り手の状況描写や記憶や幻想あるいは法螺話めいた出来事(時に下品とも呼べるほど奇怪な想像力の発露)がない交ぜとなった、ある種実験的とも言える濃度の高い凝った文体(翻訳を通じて認識できるものにすぎないが)はそれ自体完結した世界を見事に形成していて、他媒体への変換を強く拒んでいる素振りが見えなくもない。もっとも、とりわけ筆者が読んだ長編二作に共通すると思われる特質──(言葉の奔流のなかに見出せる)滑稽と哀感の併存や、歴史に翻弄される小国チェコへの視線──は、メンツル映画の性質を決定づける諸要素の一部ともなっているようだ。

 フラバルの作品のなかで初めて長編映画化されたのは、『水底の小さな真珠』(65、未)であるようだ。1960年代にチェコの“新しい波”を形成していた五人の若手監督によるオムニバス映画である。この映画の原作にあたる1963年刊行の同名短編小説集は、フラバルにとっても初めて本格的に世に問うた小説作品にあたる。残念ながら未邦訳なのだが、雑誌『真夜中』(リトルモア)の第六号に収録作の一つ『洗礼一九四八』の邦訳(阿部賢一訳)が掲載されている。この映画の第一話『バルタザール氏の死』の脚本・監督をやはりメンツルが担当しており、同作で彼とフラバルの長年にわたる協働関係が予告されていることがわかる。ほかに参加した監督はヤン・ニェメッツ、エヴァルト・ショルム、ヴェラ・ヒティロヴァー、ヤロミル・イレシュで、それぞれフラバルの原作(筆者は未読だけれども)に独自のアプローチで挑んでいるのが興味深く、なかでもヒティロヴァーの大胆で斬新な語り口と、イレシュの開放的な叙述は一見に値するものだと思われるのだが、これまた書き始めると長くなるので詳述は別の機会に譲ろう。

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