この映画『水底の小さな真珠』に当初収録される予定だった挿話が(一説によると)複数あったようで、そのなかの一本が今回紹介する短編映画『退屈な午後』(65)だ。監督は、これまたチェコの“新しい波”の一人に数えられるイヴァン・パッセル。パッセルは1968年の「チェコ事件」をきっかけに渡米し、以後英語読みのイヴァン・パッサーあるいはアイヴァン・パッサーの名で、主に合衆国を拠点として劇場公開用映画やテレビ映画を監督し続けている。『退屈な午後』がどのような経緯で映画『水底の小さな真珠』から除外されることになったのかは不明なのだが、やはり原作がフラバルであるうえ、撮影のヤロスラフ・クチェラをはじめ編集や美術のクルーが被っているところからも、もともと同オムニバス映画の一編として製作されたことは容易に推測できる。

 ともあれ、この『退屈な午後』は、限定された空間のなかで展開する、一見何の変哲もない文字通り“退屈な午後”の出来事をとりとめなく描いているようで、その一情景が提示され終わった後独特な感興を呼び起こす作品だ。

 ひとまず、映画の内容をやや詳しく記述してみよう(台詞の引用は基本的に他言語からの重訳で、何カ所かチェコ語による確認を経た部分もある)。

 街なかの大通りを、ワンピースに帽子姿の若い女が歩いている。通りを横断する彼女を追ってカメラがパンすると、歩道沿いにある酒場から大勢の男性客がぞろぞろと出てくる。酒場の戸口には初老の男ユパが突っ立っていて、遠ざかっていく客たちの姿を見送っている。彼らはサッカーの試合を(テレビで?)観戦するために、向かいの建物に向かって歩いて行ったようである。先ほどの女がユパの前を通り過ぎる。



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