次いで突然、映画はサンドロの想念を映像=音声化し始める。カットが変わると、彼は高層建築の屋上に立って、道行く大勢の人々を見下ろしているのだ。高所から見える「他人たち」は虫けらのように小さい。「私には才能がある」「資産がある」「慎ましさがある」「個性がある」……とサンドロは人々の声を代弁してみた後、「俺はこのアリども、いや粉の粒ども、いやバクテリアどものなかに入り込んで行かなければならん!」。すると今度は、カメラがビルの下からサンドロを見上げつつズームアウトしてゆく。今度は彼の方がアリ=粉粒=バクテリアになる番だ。

 主人公を対象化するこのズーム・ショットからも想像されるように、この映画は明らかに主人公サンドロをも「利己
主義者」の一人として観客に差し出すし、またサンドロ自身そのことをよく自覚していることを彼の言葉と振る舞いを
通じて明確に打ち出している。

 画面は食堂車内のサンドロに戻り、彼が記事の出だしをノートに書きながら、乗客たちを観察する様子を示す。四人
掛けのテーブルに着いている初老の紳士。自分のパスタに、小皿に盛られた共用粉チーズをいつまでも振りかけ続ける
彼は、ほかの三人の乗客のぶんがどんどんなくなっていくことなどまるで眼中にない。サンドロが考えるのは、「自分
の取り分がなくなる」ことを怖れて他人と関わることなど考えもしない、国民全員のことだ。彼は言う。「彼らはずっ
と、“私、私、私……そして他人たち”と繰り返しているのだ」と。初老の紳士がサンドロの「私、私、私……」の言
葉のリズムに合わせるようにして、粉チーズをスプーンで振りかける。そして「……他人たち」の言葉に合わせて(粉
チーズの極端に減った)小皿をテーブル上に置く。すると、我慢ならなくなった隣席の男がチーズの残り全部を「どう
ぞ」と嫌味たらしく紳士の皿に盛ってやる。世の中ほかにも、利己的な人間でいっぱいだ。自分があおいでいる扇子の
風が隣席の女性をも涼ませるのが我慢ならないご婦人。煙草の吸殻すら浮浪者に与えない紳士。それから、食堂で後か
ら来た見知らぬ客との相席を許さない男……振り返ると、それはサンドロだった! 実はサンドロ自身、自分がエゴイス
トのなかでも図抜けたエゴイストだと自認しているのだ。映画の後半にもこんな場面がある。路面電車に乗り込んで空
席めがけてまっしぐらに突き進んだサンドロは、老いた男性にも決して席を譲ろうとしないのである。

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