『生けるパスカル』
 (マルセル・レルビエ監督、フランス、1926年)


 十月革命後、ロシアの主要な映画製作会社は自国で映画産業が国有化されたのを嫌い、海外に拠点を移す。たとえば、二月革命と十月革命の間の時期にヤーコフ・プロタザノフ監督『神父セルギー』(18)を製作したプロデューサーのヨスフ・エルモリエフとその仲間たちは、まずクリミア半島に移住した。この地はまだボリシェビキに支配されていなかったからだ。次いで彼らは、1919年にパリへ移った。パリでエルモリエフらが1922年に設立した会社が、アルバトロス社だ。

 アルバトロス社は、フランス映画界において印象主義運動が芽生え始めた頃、この運動に重要な貢献を果たした会社
の一つである。当初この会社は幻想映画やメロドラマといった娯楽映画を製作しており、同社に所属していた俳優のイ
ワン・モジューヒン(『神父セルギー』の主演俳優でもある)は、亡命後すぐにフランスでスター俳優となった。1923
年に、アルバトロスは最も大胆な印象主義映画の一本を製作する。モジューヒンとアレクサンドル・ヴォルコフが共同
監督した『火花する恋』(1920年代に日本公開されている)である。主演も亡命ロシア人女優でモジューヒン夫人のナ
タリー・リセンコだ。ジャン・ルノワールが映画作りを志すきっかけを作った映画ということも、わりと知られた事実
だろう。

 『火花する恋』の登場人物には、名前がない。リセンコ演じるこの人妻「彼女」は「夫」と口論して家を飛び出し、
失踪した妻を探すべく「夫」は探偵社で「Z」という名の探偵を雇う。Zを演じているのがモジューヒンなのだが、彼は
この映画のなかでもさまざまな変装を駆使してZ以外の人物も演じ、なんと1人11役をこなしている。アレック・ギネス
やロン・チェイニーもびっくりの変幻自在ぶりである。オリジナル脚本も、モジューヒンが単独で執筆している。奇矯
きわまる視覚的アイディアが随所に盛り込まれている一方、お話は──人妻の見る悪夢が媒介となって幻想と現実の世
界が通底してしまう状況が発端となっていて、ちょっと変わってはいるものの──型通りのロマンティック喜劇と言っ
て差し支えなく、この異様なバランスも妙な違和感として残り続ける作である。

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