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mozi - モンテ・ヘルマン研究- 遠山純生-

 ボブの「息子たち」、つまり彼に非常に忠実な連中もいた。ボブはいつも同じ人々と仕事していた。ここだけの話、彼らの多くは大した才能を持っていなかった。だが毎回映画の中で彼らの名を見つけることができた。連中がおべっか使いだったからじゃない。彼らのうち何人かはモノクロ時代の末期から働いていた。そしてこの点が、問題だったんだ。例えばジョー・バイロックだが、モノクロ映画の最高の撮影監督の一人だ。とても美しく、センセーショナルな画作りをしていた。だが彼のカラー作品は鮮やか過ぎ、まずい具合にテカテカしている。これは映画に対する私個人の評価だけれど。カラーに関してはもっと良い仕事をすることができただろうに、現像中にトーンを和らげることができただろうに、とね。ボブには何も言わなかったが。  

 われわれが組んだ二本目の映画『ハッスル』(75)は、二人で共同製作した作品だった。われわれはパリへ行き、目の覚めるような美人ドヌーヴに会った。カトリーヌ・ドヌーヴだよ! ボブは礼儀正しくしていたが、特にへつらっていたわけではなかった……ドヌーヴはボブが手にキスするか、それに類したことをしなかったので少し困惑していたんじゃないかと思う。ボブは彼女に、映画に出てもらいたいと言っただけだった。彼女が立ち去るときに、私はこうコメントした。「出てくれるといいけど」。するとボブが「とっとと失せろってんだ」。「でもボブ、ありゃ世界で一番の美人だぜ! 彼女と俺なら本当にイカしたカップルになれるだろう」。ボブは「彼女は女優だ」と答えた。「何だって?」「女優なんだ」「もちろんさ! 役者たちの代わりに共演してみるかい?」「ありふれた女優さ」。そう言って彼は会話を終えた。当時ドヌーヴは完璧には英語を話さなかった。今は大丈夫だが、あの頃は充分に理解できていなかった。現場でボブがドヌーヴにいろいろと話すと、彼女は途方に暮れた目をして私の方を振り向いた。私はひどいフランス語で通訳しようとがんばった。私は彼女を笑わせ、われわれはとても仲良くなった。二人でだいぶ気晴らしをしたが、彼女はボブと私の連帯感を決して理解できなかった。

 公開後最初の六日で、映画は切符売り場を文無しにしてしまった。ちょうどそのとき、予期せぬ障害が舞い込んだんだ。というのも、バートが殺されるという噂が広まり始めたからだ。そのせいで(転落を表わす音を立てて)観客は映画を観に行くのをやめた。ある慈善夜間興行で“デューク”・ウェインに会ったことを覚えている。彼は私に言った。「君は殺されちゃ駄目だ。君と俺は死ぬことはできない。観客はそんなものを観たくはないんだ。心配するな、上手くいくさ」。実際パラマウントの取締役たちは、あのラストに関してわれわれに相当厄介事を持ち込んだ。だが現場で、ジャケットとネクタイを着けた製作会社の役職者の存在を一人でも目の端にとらえるや、ボブはたちどころに撮影をやめてしまった。連中は「ラストを変更できないだろうか?」と言うためにそこにいたんだ。「話し合うに値しないね」って。まるで店じまいしたみたいだったな。



 (以下次回に続く)

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