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バート・レイノルズとの対話 B


───『ロンゲスト・ヤード』に戻ると、あの映画でもあなたの演じた登場人物が殺されるはずでしたね(刑務所長が彼を背後から射殺させる)。いつあなたたちはそのアイディアを変更したのですか?

BR 私は決して、ラストを変更しなければならないと声高に言い募ったりはしなかった。だが心の中では、俺たちは映画の展開に観客を引き込んだぞと感じていた。私を死なせる必要はなかった。刑務所長のせいであと50年間監獄に入ることになれば充分だろうに、とね。そして『ハッスル』に関して私が頭にきたのは、この点なんだ。あのメッセージさ──負けるときに勝つというやつ──明解じゃなかったな。

 そんなわけで、エディ・アルバートが私を殺させなければならない日がやって来た。撮影の準備が整うと、オルドリッチがあのいつもの調子で知らぬ間に来ていて、「駄目だ、殺すのは」。で、私が「何だって?」と言うと、「君を殺すことはできないんだ、この性悪のクソ野郎」。彼はかっとなって言った! ひどい言い方をするもんだよね。

 ボブの奥さんはドイツ人だった。ある日彼女は私に言った、「ボブはあなたのことが本当に好きなのよ。息子みたいに気に入っているわ」。なんと。私はとても感動した。「俺の気持ちを彼に示すにはどうすればいいかな?」「そんなことしなくていいのよ……彼はあなたを殺すかもよ!」


──あなたとオルドリッチがアメリカン・フィルム・インスティテュートでおこなった対話の中で、あなたの発言にこういうものがありました。撮影の最中に、何か特別なことをしているところなのだと悟られたそうですね。何があなたにそう考えさせたのでしょう?

BR 一つにはあの映画が、各々実に雑多な人物たちからなる途方もない一団に基づいて作られていたということがある。あの一団のことをただのエキストラ、あるいは役者の集団とみなすことはできない。彼らはみんな硬骨漢だった。それに、なんてお互いに友情を感じていたことか! 最初は、私が“囚人たち”と呼んでいた連中と“警官たち”と呼んでいた連中の間で本物の殴り合いが勃発した。『ロンゲスト・ヤード』は“事実”だし、連中は自分たちが本当に一つのチームになったと思っていたんだ。あの現場ではそんな調子だった。そしてそんな風にさせたのはボブだった。彼はわれわれを別々に食事させさえした── 一方に囚人たち、他方に看守たちという具合に。ボブは撮影後にわれわれが一緒に出かけるのを嫌がった。われわれが接触するのを嫌がった。一度エディ・アルバートと映画について、『攻撃』のことだが、あれが如何に素晴らしい映画であるかを話していたんだがね。ボブがすぐにわれわれを正道に戻したんだ。「バート、エディは君の親友じゃない。彼は君を殺そうとしているんだ」とね。

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