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mozi - モンテ・ヘルマン研究- 遠山純生-

 以下に訳出するのは、フィルム・カルチャー誌第二号(1956年)に掲載されたオルドリッチへの取材。聞き手はジョージ・N・フェニン。

ロバート・オルドリッチとの対話(1956年)

──あなたの近作二本がヨーロッパで熱狂的に受け入れられたことに対し、まずはおめでとうございますと言わせてください。ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した『枯葉』(56)と、ヴェネツィア国際映画祭でパシネッティ賞を受賞した『攻撃』(56)です。昨年のヴェネツィア国際映画祭における『悪徳』の銀リボン賞受賞に続いて今年も表彰されたのは、ヨーロッパの批評家たちがあなたの才能と誠実さを尊重していることのあらわれだと思えるのですが。
ロバート・オルドリッチ(以下RA) 親切なご意見をありがとう。私はヨーロッパの批評家たちの反応をとても気にしている。そして監督たる者、常に観客や批評家──合衆国はもちろん海外も──のことを考慮すべきだと思っている。自作に自信と勇気を見いだせるように。

──『枯葉』はそのメッセージゆえにかなり重要な作品だと思うのですが、アメリカのマスコミでは批評的に認められませんでしたね。思うに、あなたはこの作品で、現代社会が直面している複雑な心理的問題に備わったある重要な面をいくらか説明なさろうとしたわけです。ノイローゼと精神病は増加しています。このような現象、およびこうした現象をもたらすいくつかの原因は、どうしてもわれわれの社会における適切な文脈内で論じられる必要があります。
RA こうした状況の重要性を強調なさる点は、おっしゃる通りとしか言いようがない。心理的に成熟していないアメリカ人が多すぎる。そのせいで、彼らの精神は不安定なのだと思う。彼らは失敗や敗北や貧困を受け入れることができない。商売、愛、政治、あるいは自らの人生のほかのどんな領域においても、是が非でも“成功”したいと思っているんだ。他にもいろいろとあるうちの一つである、このような経済的重圧のおかげでひとつの連鎖反応システムが生じ、このシステムは最終的に一連の精神的動揺をひき起こす。そうなってしまったら、後は個人の責任になる。精神的不安定のさまざまな段階を駆け抜ける、個人の責任にね。先ほどあなたがおっしゃったように徐々に増加しつつあるこの問題は、将来の映画においてより深く徹底的に論じられる必要がある。私もそうなるようもっと貢献したいと思っている。

──『攻撃』についてうかがいます。ノーマン・ブルックスの戯曲『かよわい狐』(未邦訳)は数多くの批評家に深い感銘を与えたのに、その映画版『攻撃』は“大衆”受けしませんでした。舞台版を観て以来ずっと、私はこれが映画化されることを期待していました。あなたの翻案は、文学および舞台作品のハリウッド版を実にしばしばだいなしにしてしまうおなじみの“去勢”がなされていない、本来のテキストに忠実なものです。『悪徳』と同様に、『攻撃』は率直で誠実なドラマを映画で表現したものになっています。他の国々であの戯曲をこれほど完璧に映画に移し変えることが果たしてできただろうか、と思うのです。現に戦争の残虐性と無益さを暴き出している『攻撃』は、当然ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』(37)やルイス・マイルストンの『西部戦線異常なし』(30)といった古典に端を発する反戦映画の系譜につつましく連なるものだとみなされるでしょう。そのようにお考えですか?
RA 確かにそうみなされることを願っている。先日ルイス・マイルストンを招いて『攻撃』を観てもらったのだが、気に入ってくれたよ。私にとって『攻撃』は偽らざる平和への祈りであり、戦争映画というジャンルを用いて[戦争を]実情に近いかたちを再現したものだ。戦争映画は、人々が明瞭に理解できるジャンルだと心から信じている。

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