【合衆国映画の復興期】
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mozi - 合衆国映画の復興期- 遠山純生-

●長廻しとクロースアップの多用

 『アメリカの影』から約10年後に再び完全な独立製作で実現された『フェイシズ』は、まずそのクロースアップの確信犯的多用において、登場人物(=俳優)の内側に入り込んで彼らが抱えている感情を暴き立てようとする演出家の意志があからさまに感じられるかたちになっている。そして遠距離(エスタブリッシングショット)から近距離(クロースアップ)へと人物たちに漸進的に接近しつつ、空間を分断して観客に方向感覚を与える配慮が意図的に廃されている点において、より大胆で「観客に不親切な」作品だと言えるだろう。

 『フェイシズ』撮影時には、リハーサル時にアル・ルーバンが機材の使い方やエクストラ・ライトの当て方を、撮影の素人であるクルーたちに教えた。一方カサヴェテスは、アリフレックス・キャメラより手持ち撮影に適したエクレール・キャメラを購入した。手持ち撮影は、『フェイシズ』の95パーセントを占めているという。
 
 また、『フェイシズ』の撮影にあたって、カサヴェテスはキャメラ・アングルやカットに関して事前に頭のなかで画作りをすることはなかった。そうした技法的要素は、リハーサル中に有機的に発生していったのである。俳優たちはあらかじめ決められた立ち位置をまったく与えられない。大半のテイクはキャメラが俳優たちの動きを追いながら何分間も持続するので、クルー・メンバーたちはしばしばテーブルの下にもぐったり、画面に映り込まないようドアの影に隠れたりしなければならない。また、時にカサヴェテスはリハーサル中にキャメラを廻し始めることもある。ここでも彼は、フィルムが尽きるまで(この場合も16ミリ撮影で、1リールにつき400フィート)カットをかけなかった。

 「テクニックやキャメラ・アングルに対する執着を乗り越えなくてはならない。映画をどう撮るかなんてのは、わきへ置いておかないと。作品が描き出している人生、登場人物が考えたり感じたりすることとは何の関係もないものだからね」(カサヴェテス)

 『フェイシズ』の撮影時、もともとカサヴェテスは『アメリカの影』で実行したのと同じようにして、キャメラを複数の人間に輪番制で担当させようとしていた。しかし結局、あるときアル・ルーバンが、こんなやり方では仕事できないと断固たる態度を取る。誰もがキャメラマンを務めるとなると、演出家は誰に撮影のことを聞いたらいいかわからないし、次に誰が撮影するかで言い合いになるからである。そこでルーバンが、自分は第二キャメラ・オペレーターと照明を担当するから役職の配置変えばかりするのはやめてくれと言うと、カサヴェテスは折れた。そのようにしてルーバンが『フェイシズ』の撮影監督として、ジョージ・シムズがオペレーターとして固定され、第二キャメラが必要な際にはルーバン、カサヴェテス、シーモア・カッセルらが交替で担当した。

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