第三回

『ひな菊を摘んで』 @

●映画作家としてのロバート・フランク

 写真家ロバート・フランク(1924年〜)は、1950年代末期から2000年代にかけて継続的に独立系映画を監督し続けた人物でもある。1955年から1957年にかけて、合衆国をあちこち旅して撮影した素材をまとめた写真集『アメリカ人たち』を1958年にまずフランス、次いで合衆国で刊行したフランクは、翌1959年に画家(抽象表現主義的作風から1960年代前半に具象へ転向)アルフレッド・レスリー(1927年〜)と共同で、この『ひな菊を摘んで』を監督した。レスリーもまた、1940年代から2000年代に至るまで、定期的に映画を監督している。

 映画監督を生業としない人物(たち)、それもロバート・フランクと同じ写真家が、機動性を備えた16ミリ・キャメラを使って自主映画製作に乗り出した例はこれ以前にもある。興味深いことに、『ひな菊を摘んで』も含めいずれも単独監督作ではない。ニューヨークの路上で撮られたものに限って言えば、たとえばすでに1948年に、写真家ヘレン・レヴィットが、同じく写真家のジャニス・ローブ、作家兼映画評論家ジェイムズ・エイジーとの共同監督で作り上げた無声記録映画『通りで』が製作されている。前回論じたように、これはニューヨークのスパニッシュ・ハーレムの路上生活および風景を16ミリ・キャメラで隠し撮りを含めて撮影した先駆的作品だ。また、1953年には写真家モリス・エンゲル、同じく写真家ルース・オーキン、レイ・アシュリー(作家レイモンド・アブラシュキンの変名)の共同監督による『小さな逃亡者』が作られた。

 フランクは、『アメリカ人たち』の完成後にして『ひな菊を摘んで』の製作前にあたる時期(1958年)に、本格的な映画作りの前段階的性質を備えた作品を二つ撮っていた。そのうちの一つは、バスの車窓からニューヨークの風景を映画キャメラで撮ったもの。もう一つは、ニューヨーク・タイムズ紙の広報活動用映像素材の製作で、この映像素材には一部16ミリ撮影によるものが含まれていたという。


●『ひな菊を摘んで』の霊感源

 
『ひな菊を摘んで』は、ジャック・ケルアックが1955年秋にカリフォルニア州ロス・カトスにあるニールとキャロリンのキャサディ夫妻の自宅で経験した出来事に基づいている。当時夫妻は精神世界の探求に関心を抱いており、リベラル・カトリック教会(ローマ・カトリック教会教義や戒律といった特定の問題には反対するが、その教義の本体・礼拝形態等は受け入れる団体)のスイス人司教と定期的に会っていた。この司教は生まれ変わりを肯定し、あらゆる宗教的教義を普遍的なものとして受け入れ、自らが霊媒として仕えている高位の存在を通して説教していたという。

 夫妻はケルアックと当時バークリーに住んでいたアレン・ギンズバーグと司教とを引き合わせたがっており、ある日自宅に彼らを招くことにした。他に夫妻の家にやって来たのは司教の母親とおば、詩人ピーター・オーロフスキー(ギンズバーグの生涯にわたるゲイ・パートナーだった)とパット・ドノヴァン。このときケルアックは酔っ払って床に座り、司教の脚に寄りかかって彼への愛を宣し、ニール・キャサディは司教に東部と西部の宗教的信条の違いについて様々な質問を浴びせ、ギンズバーグは司教の親族と席を共にしつつ「セックスとは何か」などと司教に尋ねた。このような状況下で生きた心地のしなかったキャロリン・キャサディは、二人の婦人が遂に司教に帰宅を命じた際、心から喜んだ。


●ケルアックの戯曲『ビート・ジェネレーションあるいは新アラム教会』

 それから二年後に小説『路上』が刊行され、一躍注目を浴びたケルアックにオフ=ブロードウェイの製作者レオ・ゲイリンが戯曲を執筆しないかと声をかけた。そこでケルアックは『ビート・ジェネレーションあるいは新アラム教会』と題された三幕構成の戯曲を(一説によると一晩で)書き上げた。内容は主として1955年秋にケルアックがキャサディ家で体験したことに基づいており、前述の通り第三幕にあたる司教らとの会合も同時期の出来事だ。この戯曲は上演されずに終わったが、ケルアックがフランクおよびレスリーと映画製作の可能性について話し合っていた(レスリーによれば、彼は他の二人と1940年代末期から50年代初頭にかけて知り合った)際に、同作の第三幕に基づくアイディアが浮上し、最終的にこの第三幕の部分が撮影用台本代わりに使用された。




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