mozi - 合衆国映画の復興期- 遠山純生-

●素材選び

 一緒に映画を作らないかとフランクにもちかけたのは、レスリーの方だったとのこと。このときレスリーは自らが監督を、フランクが撮影を担当する形を提案した。フランクはしばらく迷った後に、この提案を受け入れた。このとき、いくつかの企画が浮上したようだ。例えば、レスリーは知人の女性から、彼女が親しくしていたケルアックの『路上』をフランクと組んで映画化するよう説得されたが、ロケーション撮影を嫌うレスリーはこの提案に気乗りがしなかった。続いて彼はケルアックの書いた作品すべてに目を通したが、何のアイディアも浮かばなかったという。レスリーは他にアラン・ロブ=グリエの『覗くひと』やホレス・マッコイの『彼らは廃馬を撃つ』、自作のストーリーの映画化も検討したが、うまくいかず、最終的にケルアックの件の戯曲に落ち着いた。


●タイトルの由来

 当初この映画は、『ザ・ビート・ジェネレーション』というタイトルになる予定だったが、すでにMGMが同タイトルの著作権を所有していた(1959年にチャールズ・ハーシュ監督で映画化。邦題『悪いやつ』)ため、1949年秋にケルアック、キャサディ、ギンズバーグがおこなったジャズ風のジャムセッションの一部として書かれた詩(これ自体、ギンズバーグが1949年に書いた詩に大まかに基づいている)から新たなタイトル『ひな菊を摘んで(Pull My Daisy)』が付されることになった。この詩はギンズバーグとケルアックの手でさらに書き直され、その後デイヴィッド・アムラムの曲が付けられて映画『ひな菊を摘んで』の主題歌として使用された(歌唱はアニタ・エリス)。”Pull My Daisy”とは、ストリッパーがバタフライ(G String)を脱ぐことを指した口語表現だとのこと(この映画の製作会社が「G・ストリング・エンタープライズ」と名づけられているのも、そのためだと思われる)。


●出演者たち

 出演者は主に非職業俳優で構成されている。前述のギンズバーグ(フランクとは1958年に知り合っていた)とオーロフスキーは、自分自身を演じている(ただしギンズバーグ演じる人物は劇中「アラン」と呼ばれ、それに合わせてかクレジットも「アラン・ギンズバーグ」と記されている)。ニール・キャサディをモデルにした鉄道制動手マイロ役を演じるのは画家ラリー・リヴァース。グレゴリー・コーソもクレジット上彼自身として出演したことになっているが、実質的には原作戯曲の登場人物ジャックを演じている(コーソの不器用さを知っていたケルアックが、当初ジャック役を演じる予定だった彼に自分自身を演じるよう命じたとの説と、ロバート・フランクがそうさせたとの説がある)。美術商「グリーン・ギャラリー」の従業員リチャード・ベラミーが、ムーニー・ピーブルズの偽名で司祭を演じた。前述の作曲家デイヴィッド・アムラムはパット・メズ・マッギリカディという名のジャズ・ミュージシャン役で出演。アーティストのアリス・ニールが司祭の母親役を演じ、映画版では司祭のおばから姉に変更された役柄にはサリー・グロスが扮している。マイロの息子を演じるのはロバート・フランクの息子パブロである。劇中唯一登場する牧師の説教場面には、信者役でフランクの妻と祖母も出演している。さらに、マイロの妻役を演じるのは本作唯一の職業俳優であるフランス人デルフィーヌ・セイリグ(ベルティアーヌの偽名で出演)。セイリグは当時メソッド演技を学ぶためニューヨークに滞在しており、レスリーの友人で画家の夫ジャック・ヤンガーマンを通じて出演することになった。また、フランクも彼女の写真を撮影したことがあった。


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