第四回

『ひな菊を摘んで』 A

 以上が『ひな菊を摘んで』で語られる出来事だ。一見してわかるのは、同性(男)同士の同質的関係に重点が置かれ、女性(マイロの妻)が軽視されているかのような状況である。原作がケルアックであることから、彼の作品に見られる同種の状況をあげつらって、そこに共通する特徴をこの場で名づけることも可能ではあるが、ひとまずここでは、同状況を日常のひとこまを切り取った一場景ととらえておく。


●画面外の声

 『ひな菊を摘んで』は1959年11月に『アメリカの影』との二本立てで、ニューヨークのシネマ16にて初上映された。ジョナス・メカスはヴィレッジ・ヴォイス誌のコラムで「演劇において『ザ・コネクション』がひとつの道標となっているのと同じく、『ひな菊を摘んで』は映画においてひとつの道標となっている」と激賞した。『ひな菊を摘んで』撮影の一年前にリヴィング・シアターにより上演されたジャック・ゲルバーの戯曲『ザ・コネクション』は1961年にシャーリー・クラーク監督で同名映画化された。前記メカスの言葉からも推測できるように、『ひな菊を摘んで』と『ザ・コネクション』には、確かにいくつかの共通点(集合住宅の1フラットを主要な舞台として、複数の登場人物が何をするでもなく時を過ごす反物語的劇構造を備えている)を見いだすことができる [ 映画『ザ・コネクション』の特異なあり方に関しては、『紀伊國屋映画叢書3 ヌーヴェル・ヴァーグの時代』(紀伊國屋書店、2010年)所収の拙稿「世界の“新しい波”、あるいはその余波」も参照されたい ] 。

 しかしこの二本が決定的に異なるのは、クラークが同時録音に徹底的にこだわった結果として屋内撮影を選んだ(当初クラークは屋外撮影を希望していた)のに対し、レスリーは最初から屋内での撮影を志向し、それだけでなく映像と音声の同期の可能性すら初手から捨てていた点だ。後者における映像と音声は、徹頭徹尾互いに譲歩することを避け続けている。ここに聞かれるケルアックによる音声=ナレーションは、終始映像への接近と離反を繰り返すが、同調することだけは絶対にないのである。それは啓蒙映画的側面を備えた『無口な子』の、映像と同期しないまでもやや説明的な(画面に寄り添う意思の感じられる)ナレーションとも決定的に違う。『無口な子』のナレーションはひとりの精神科医が一人称を用いて語るものであり、映画そのものに対する声の位置は第三者的立場に置かれてはいるものの、その帰属先は明確に同定できる。

 それに対し、『ひな菊を摘んで』のナレーションは、それが誰の声なのか、映画に対してどのような立場にあるものなのかが最後まで明かされない(われわれはその声がケルアックのものであると事後的に承知しているが、“ケルアックの”語りの特異性を云々することは、一本の映画として『ひな菊を摘んで』を検討するうえでの役には立たない)。時にふざけた調子も交えて語られるその擬似ダイアローグや独白めいたコメントは、かろうじて状況の「説明」としての機能を担うことからだけは逃れており、絶対に画面に密着しようとはしない。



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