●マルディ・グラのシークエンス

 ところで、前述の観点からすればハリウッド映画とオルタナティヴ映画の緩やかな折衷様式だと言える『イージー・ライダー』ではあるが、それでも劇中一箇所だけ他から明らかに浮き上がったシークエンスがある。
 
 主人公の二人のバイカーがニューオーリンズの売春宿から二人の売春婦を連れ出し、マルディ・グラのパレードに沸く街なかをほっつき歩いた後、ひとけのない墓地に入り込んで、おそらく麻薬でトリップしながら性交する(あるいは、性交そのものは描かれないので、単に女たちが裸になる)場面である。

 移動撮影や、パンおよびティルトといった細かなキャメラの首振りは多いものの、基本的には三脚に載せた35ミリ・キャメラで撮影された(そして、レンズに陽光が入り込んだ画をふんだんに採用してはいるが、基本的に対象には明瞭に焦点を合わせ、逆光等で人物の表情が影に沈む接写画面もない)『イージー・ライダー』の画作りは、ハリウッド映画を見慣れた観客を適度に混乱させはするがまるきり置いてきぼりにするほどでもない程度に保守的なものである。撮影監督は、『イージー・ライダー』に先行するバイカー映画の撮影も数本手がけていた、ハンガリー出身のラズロ・コヴァクス。

 そこで、前述したマルディ・グラのシークエンスの話に戻ると、この部分(時間にして15分程度)が全体から浮いて見える理由はいくつかある。真っ先に挙げることのできる理由は、16ミリの手持ちキャメラで撮影されている点である。そのため、通りを歩くデニス・ホッパーやピーター・フォンダを後退移動で追う画に伴うやや不安定な浮遊感が、映画のほかの部分に比してとりわけ目立つ。ほかにもブローアップで粒子の荒れた画の肌理、光量の少ない夜間撮影による影に沈んだ被写体、広角レンズの使用による歪曲像の挿入といった点──こういった画のあり方自体、アンダーグラウンド映画には珍しくないもの──が、他の部分から著しくかけ離れた印象を与えるだろう。また、例えばニューオーリンズの路上に実際にいる若者と登場人物たちが画面上で交差する場面(ホッパーが今にも飛びかからんばかりの表情で、黒人青年を睨みつける一幕もフィルムに収められている)における「映画」と実人生との邂逅は、いわゆる「シネマ=ヴェリテ」作品からの借用だと言える。そして、極端に時間の推移を無視し(夜間だったかと思うと突然朝になる)、時空の連続性を寸断しばらばらにつなげる(墓地の霊廟や墓石や十字架、その中で酒を飲んだり服を脱いだり抱き合ったりする登場人物たち、夕陽、木々、前夜のパレード、フォンダ演じるキャプテン・アメリカが母親の自殺──フォンダが実際に経験した出来事──を思い出して苦悶する様子など)編集からも、極端な違和感が醸し出される。

【合衆国映画の復興期】
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 ヘレン・レヴィット、ジャニス・ローブ、
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