【合衆国映画の復興期】
はじめに
第一回
 ヘレン・レヴィット、ジャニス・ローブ、
      ジェイムズ・エイジー @


第二回
 ヘレン・レヴィット、ジャニス・ローブ、
      ジェイムズ・エイジー A


第三回
 ひな菊を摘んで @

第四回
 ひな菊を摘んで A

第五回 
 ベアード・ブライアントと
          『クール・ワールド』 @


第六回 
 ベアード・ブライアントと
          『クール・ワールド』 A


第七回 
 ウィリアム・フリードキンと “ドキュメン
タリー的” 犯罪映画の系譜 @


第八回
ウィリアム・フリードキンと “ドキュメン
タリー的” 犯罪映画の系譜 A

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mozi - 合衆国映画の復興期- 遠山純生-

第八回


●ロバート・アルトマンのテレビ映画

 
ここでフリードキンの経歴および映画作りと数多くの接点を持ちながらも、別の可能性をハリウッド映画に開いたロバート・アルトマンの名を対比的に挙げておこう。
 フリードキンもアルトマンも、共にその出発点を記録映画製作およびテレビ映画製作に置いているからである。また、両者共に十代の頃、アメリカのみならず諸外国の映画を浴びるように鑑賞し、自らの経歴の最終目標を長編劇映画演出としていた点でも共通している。

 『ポール・クランプ事件』完成から約二年後の1964年、同じくシカゴの街頭でテレビ放映用の犯罪映画がロケーション撮影された。『シカゴの悪夢』(ロバート・アルトマン、64)である。この作品は(テレビ)劇映画でありながら、『ポール・クランプ事件』以上に映画(およびテレビ)の備える「記録」性を鋭敏に自覚した試みを実行に移した点で特筆に価する。
 さらに言えば、1960年代の合衆国でテレビ映画がハリウッドにおける新たな技術的試みを先取していた一例をも、ここに見ることができるだろう。

 なお、元来同作は『かつて残酷な夜に』の題名でテレビ放映されているのだが、ここでは別題『シカゴの悪夢』の方を採用する。理由は以下の通りである。
 テレビ局リヴュー・スタジオは、元来カラーフィルムを使ってテレビ番組製作を試みた最初のスタジオの一つであったが、同スタジオが一話完結形式のテレビドラマ・シリーズ『クラフト・サスペンス・シアター』(63〜64)のパイロット版番組として製作したのが、『かつて残酷な夜に』だった。1964年4月2日午後10時からの初放映時には放映時間約54分。けれども後年、『シカゴの悪夢』と改題された長尺版(81分)が合衆国中西部、カナダ、ヨーロッパ等の地域で二本立ての添え物として劇場公開された。筆者が観ているのもこの長尺(『シカゴの悪夢』)版である。

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