モンテ・ヘルマンを知るための8章


■モンテ・ヘルマンとは誰か

●写真と演劇

 ヘルマンの監督第一作『魔の谷』は、二人組の男が犯罪計画の下見を兼ねてスキー場を写真撮影する場面で幕を開ける。この時シャッター音と共にスキーをする人々の姿の静止画が観客に示されるのだが、監督の経歴と照合すると同場面は示唆的だ。ヘルマンは少年期に写真撮影に熱中し、学友たちの肖像写真を撮って自らプリントすることで小遣い稼ぎをしていたことがあり、その情熱の反響が感じられるからだ(彼は長じて後も様々な俳優の肖像写真を撮影している)。

 ヘルマンはその後、スタンフォード大に入学して演劇と弁論を専攻し、一年の時にラジオドラマの演出を手がけた。大学では19世紀~20世紀前半の演劇を学び、卒業後に舞台演出家としてアクターズスタジオ等から派生した新傾向の演劇に触れたことが、ヘルマンにとって様々なタイプの俳優と共働する際に役立つことになる。
上記の進路選択には幼年期以来のヘルマンの嗜好が反映している。子どもの頃の彼は夢想や嘘を好むことで、ある意味自らの生活を「演出」していたというのだ。

 ところで、『魔の谷』の冒頭に限らず、時にヘルマン作品では、一秒間に24コマの静止画が連続して織りなされる映画の流れが急に断ち切られ、構成要素の一つである「写真」に還元されてしまう瞬間が訪れる。『銃撃』の最後、主人公と瓜二つの男が銃撃され、くず折れる姿を連続写真さながら静止画の連続で表現するくだり(雑誌に掲載された、ケネディ暗殺の瞬間をとらえた連続写真を着想源とする)。あるいは『断絶』の最後、車を猛スピードで発進させた主人公の映像が徐々に減速し、同じく断続的な静止画の連続となった後完全に静止し焼け爛れるくだり。そこでは動いていた映像が止まってしまい、生きていた存在が凍りつく。映画が映画でなくなる瞬間まで追いつめられる=今まで目にしてきたものが、静止像の連続が錯視をもたらす「映画」なのだと否応なしに想起させられるのである。そして、ヘルマン映画における静止の瞬間は否応なく死の瞬間と重なり合う。『果てなき路』は、ヒロインの「死」を強調するようにして、主人公が収監中の独房の壁面に貼りつけられた彼女の写真をとらえて終わる。

mozi - モンテ・ヘルマン研究- 遠山純生-
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【モンテ・ヘルマン研究】

モンテ・ヘルマンとの対話 ⑥

モンテ・ヘルマンとの対話 ⑤

モンテ・ヘルマンとの対話 ④

モンテ・ヘルマンとの対話 ③

モンテ・ヘルマンとの対話 ②

モンテ・ヘルマンとの対話 ①


いくつかの原則 
モンテ・ヘルマン

『コックファイター』から
      『ボーン・トゥ・キル』へ

チャールズ・ウィルフォード

『墓碑銘(鏡に向かって)』
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