●映画狂モンテ・ヘルマン


 映画に魅せられ、毎週土曜日に欠かさず映画館通いをしていた幼少期のヘルマンは、ターザン映画や連続活劇のローン・レンジャーものに夢中になっていた。UCLA時代には古典映画を浴びるほど鑑賞し、『散り行く花』(19年/D・W・グリフィス)、『アジアの嵐』(28年/フセヴォロド・プドフキン)、『激戦地』(46年/ルイス・マイルストン)、とりわけ『陽のあたる場所』(51年/ジョージ・スティーヴンス)に強い影響を受けた。60年代初頭には、仲間の職業映画人らと共に一種のシネクラブを組織し、様々な映画を上映した。上映作には『夜と霧』(55年/アラン・レネ)の他、ロベール・ブレッソン、ジャン・ヴィゴ、ロベルト・ロッセリーニ、ヴィットリオ・デ・シーカ、ルイス・ブニュエルらの作品が含まれていたという。

 その他、ヘルマンは様々な機会に自らに影響を与えた(あるいは気に入りの)映画および映画作家に言及している。そのなかで最も頻繁に名が挙がるのが、イングマール・ベルイマン、ジョン・ヒューストン、キャロル・リードといった作家たちだ。

 『果てなき路』の主人公である映画監督ミッチェル・ヘイヴンが、ヘルマンの分身的存在であることは明らかだ(イニシャルのみならず、「e」を加えれば“Heaven”(天国)になる“Haven”(安息地)という名も「モンテ・ヘルマン」の陰画めいている)。この作品で、ヘイヴンは自作映画の製作中に自らの気に入りの映画を何本か観る。『ミツバチのささやき』や『第七の封印』といった、ヘルマン自身映画史上最良の作に選出する映画群だ。こうした映画を観終えたヘイヴンは、素直に感嘆の言葉を漏らす。

 もっとも、この作家は従来、自作において過去の映画を映画愛好家的に参照することを控えてきた。多少そうした傾向が見え始めたのは『黒い罠』(58年/オーソン・ウェルズ)への目配せを含む『ヘルブレイン』と、映画そのものを主題とする『スタンリーの恋人』からである。だが彼が、自作に映画好きの自己をあからさまに投影したのは、『果てなき路』が初めてだ。


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【モンテ・ヘルマン研究】

モンテ・ヘルマンとの対話 ⑥

モンテ・ヘルマンとの対話 ⑤

モンテ・ヘルマンとの対話 ④

モンテ・ヘルマンとの対話 ③

モンテ・ヘルマンとの対話 ②

モンテ・ヘルマンとの対話 ①


いくつかの原則 
モンテ・ヘルマン

『コックファイター』から
      『ボーン・トゥ・キル』へ

チャールズ・ウィルフォード

『墓碑銘(鏡に向かって)』
ジャック・ニコルソン&
           モンテ・ヘルマン


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