以下に訳出するのは、モンテ・ヘルマンとジャック・ニコルソンの共同執筆による脚本『墓碑銘』からの抜粋である。ニコルソンの体験に加え、ヘルマンのそれも多少加えられているというこの脚本は、2人がフレッド・ルースに呼ばれて『バックドア・トゥ・ヘル/情報攻防戦』(64、テレビ放映のみ)と『フライト・トゥ・フューリー』(64、未)を撮りにフィリピンヘと発つ前に書かれ、ロジャー・コーマン製作で映画化されることになっていた。主演はニコルソン、共演はその後『銃撃』でニコルソンと共演することになるミリー・パーキンスが予定されていた。しかしニコルソンとヘルマンが東南アジアから戻ってくると、当時ハリウッドではタブーとなっていた堕胎を扱ったこの脚本の映画化を、コーマンは「ヨーロッパ映画向きだ」という理由で拒否した。

『墓碑銘(鏡に向かって)』序言ジャック・ニコルソン&モンテ・ヘルマン
 
 これは言葉の普通の意味でのシナリオではない。いわゆる物語というものはない。筋書きはまったく示されず、さもなければほとんどない。始まりも真ん中も終わりもない。

 以下のぺージに示されるのは、撮影時にできあがる映画のとりわけ詳細な草案である。シーンのうちのいくつかは即興で作られ、カメラの前で再び即興が行われるかもしれない。人々は映画の基底をなすシチュエーション――若い男と女が彼らの関係の最後の日々を生きている――同様、諸シークエンスに含まれるアイディアを記憶に留める。普通のシナリオでは主題の中心に置かれるであろう、彼女が中絶手術を受けるという出来事が、ここでは副次的なものとなる。白分たちの関係が終わりを迎えるがゆえに彼女が堕胎するのか、あるいは堕胎のせいで彼らの関係が終わるのか、我々にはわからない。彼らの存在の月並みな側面に関することすべてが、時間の中で彼らの抱える問題と競い合う。結局、他のことも問題となる。そしてそれらすべてが、恐らく場所そのものほどには重要ではないのだ。言い換えれば、すべては逆さまにされたのだ。我々は、通常は主要な関心の的となることをうやむやにしておく一方、他の映画では取るに足らないことに注意を集中する。

 我々にとって第一に気がかりなのは、現実感を復元することだ。我々はダイレクト・シネマのいくつかのテクニックを利用するだろう。そして残りは我々の才能にかかっているだろう。

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抜粋1。

ヴォイス・オフ「ベイビー、もし君がテクニカラーの大画面上に僕の青く大きな目を見ることができなかったなら、君は生きてはいなかったことになる」

 フェイド
 室内。映画スタジオの中をロングショットでとらえた画面。
 スイッチを切られ、あたかも会話しているかのように配置された3台の映写機。カメラが緩慢にパンすると、背景に何人かの人間がいるのがわかる。あるシーンを撮影中なのだ。ジョッシュは影の中に留まっている。画面外で、「カット!」という怒鳴り声が聞こえる。ナポレオンのコスチュームを身に纏ったジョッシュが、画面を横切る。カメラはドアまで彼を追う。画面外で、「アクション!」と言う怒鳴り声がする。ジョッシュは立ち止まり、再び待ち構える。
 
 ミデイアムショット。スタジオの出入口。
 赤いランプが点滅し、その後消える。ジョッシュは部屋の中に入り、ドアを開け、出て行く。

 外。薄明かり。スタジオの通路。
 ジョッシュはスタジオから出て、男子用トイレヘ向かって通路を下って行く。通路には人けがない。ジョッシュはトイレに入る。

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モンテ・ヘルマン


『コックファイター』から
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『墓碑銘(鏡に向かって)』
ジャック・ニコルソン&
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