以下に訳出するのは、ポジティフ誌1968年2月号に掲載された、モンテ・ヘルマンが自身の映画作りの原則を語ったエッセイ。書かれたのは『銃撃』(67)完成後のことだが、この原則は次回作『断絶』(71)以後の諸作にもそのまま適用されていることがわかる。

いくつかの原則 モンテ・ヘルマン

 『銃撃』(67)か『旋風の中に馬を進めろ』(65)を撮るにあたって、私がなんらかの映画理論──その理論がどんなものであろうと──を採用したとしてみよう。ところが、理論はこの二本を作ったにしか存在しなかったのだ。私は与えられた原則を「使ってみる」ために仕事するのではない。むしろ、できるだけ柔軟な精神で脚本に取り組むし、脚本次第で撮影のやり方は変わってしまう。もちろん、私は何よりもまず第一に、脚本を管理する。できあいの脚本では決して仕事しない。むしろ脚本家たちが、私が興味を覚える主題やアイディアに基づいて仕事することを望む。自分が望むことを押しつけはしない。だから、自分の映画がどんな風になるか、完成前にはわからない。自分が何人かの脚本家や俳優の方へと歩み寄り、そうやって直観的に私の心を惹きつけるいくつかの方針を取るよう彼らをそそのかすのだということは認める。

 思うに私の仕事は、脚本を執筆している間とコンテを書いている間、それから具体的な要素――撮影場所やコスチュームなど……――を決めている間に、とりわけ知的なものとなる。続いて私は自分の先入見を忘れようとし、言葉や俳優や場の生命(力)が優勢になるがままにしておく。

 「西部劇」は他のどの歴史的時期よりも、私の関心を引きつける。間違いなく、「人間の置かれた状況」が、裸の風景の単純さと敵意を持った自然力に向き合うことで、よりたやすく孤独なものになり得るからだ。私は伝統的な西部劇の神話作用を魅力的だと思い、いつの日か「型通りの」神話を備えた映画を作りたいものだと思う。いずれにせよ、あの2本の映画(『旋風の中に馬を進めろ』と『銃撃』)を作った際、当初私には神話を失墜させるつもりなどなかった。『旋風の中に馬を進めろ』で、われわれはあの時代のリアリティを追求したかった。われわれが発見したリアリティに神話が反しているときだけ、神話を無視しながら。『銃撃』では、いくつかの神話的要素と他の神話的要素とを融和させた。だがリアリティは、主として歴史に基づいたものというよりは、むしろ現代のものだった。それは、台詞が、まさにJ・M・シングがアイルランド語を書き写したようなやり方で、詩に到達するほどまでに写実主義的だったのとは対照的だった。私は自分のことを「写実主義的な」演出家と見なしている。とはいえ私は、リアリティの異なる水準――具体的、知的、心理的な――を区別しているし、映画がこの3つを同時発生的かつ連続的なやり方で表現することができると信じてもいる。キャメラが見ているもの(あるいは映画が記録しているもの)と目が見ているものとの間にある隔たりを埋め合わせようとして、また想像力の視線を明らかにしようとして、技術的な要素は具体的なリアリティへと変形するはずだ。私はレンズの選択を大変重視している。35ミリ・レンズでとらえられた1メートルの顔のクロース・アップは、75ミリ・レンズでとらえられた2メートルの顔のクロース・アップとは違うと思っている。いずれにせよ、もしキャメラの前で何も起こらなければ、そうしたことすべてはいかなる重要性も持ちはしない。私は雨のしずくが道の上に降っているところとか、埃が舗装道路の上を舞い上がっているところを見るのを好きかもしれない。だがいっそう興味をそそられるのは、俳優であり、人間を扱った主題であり、視線、いびき、ため息、身震いをとらえることである。そうしたことは、いわば束の間の「真実」を明らかにしてくれるのだ。

 私は自分の見た映画すべてに影響を受けた。その中で最も深い感銘を与えられたものに、『口紅殺人事件』(フリッツ・ラング、56)、『街の灯』(チャールズ・チャップリン、31)、『カビリアの夜』(フェデリコ・フェリーニ、57)、『ウンベルト・D』(ヴィットリオ・デ・シーカ、51)、『アジアの嵐』(フセヴォロド・プドフキン、29)、『大いなる幻影』(ジャン・ルノワール、37)、『陽のあたる場所』(ジョージ・スティーヴンス、51)、『文化果つるところ』(キャロル・リード、51)、そして『ピアニストを撃て』(フランソワ・トリュフォー、60)がある。

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【モンテ・ヘルマン研究】

モンテ・ヘルマンとの対話 ④

モンテ・ヘルマンとの対話 ③


モンテ・ヘルマンとの対話 ②
 

モンテ・ヘルマンとの対話 ①

いくつかの原則 
モンテ・ヘルマン

『コックファイター』から
      『ボーン・トゥ・キル』へ

チャールズ・ウィルフォード

『墓碑銘(鏡に向かって)』
ジャック・ニコルソン&
           モンテ・ヘルマン


Monte Hellman, Quelques principes, Positif, Février, 1968

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